練習ばかりがパフォーマンスアップにつながるとは限らない。夏は特に休息とのバランスが必要不可欠だ。
【特別寄稿】 WEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」
ドイツサッカー連盟公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)を持ち、15年以上現地の町クラブで指導を行う「中野吉之伴」。帰国時には、全国で指導者講習会やサッカークリニック、トークイベントを開催し、各地を回る。その中で日本の育成が抱える問題や課題にも目を向け続けています。この企画は、ジャーナリストとしても活動する中野が主筆するWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」が月一で寄稿する育成コラムです。
休息はパフォーマンスアップには欠かせない!
指導者、保護者のみなさんは知っているだろうか?
ジュニアが対象だが、JFAは「指導指針2017」の中で「1週間でサッカーをプレーする時間を300分以内がいい」と推奨している。
「ドイツでは、長期休暇時にトレーニングを行いません」
ドイツサッカー連盟のA級ライセンスを持つ中野吉之伴が日本帰国時に開くサッカー講習会でそう伝えると、皆一様に驚く。
「夏休みは1カ月から1カ月半チームとして活動を休止します。夏休みは『休み』の時間です。家族や友達との時間であり、遊ぶ時間ですから。サッカーが好きな子どもたちは仲間同士で連絡を取り合って、空き地やグラウンドでボールを蹴っています。それこそ彼らにとって大事な遊びの時間であり、そうした時間を通して健やかに成長していきます。冬休みも同じです。昨年指導者をしていた所属クラブでも12月16日から2週間は完全オフを取りました」
中野は「日本の子どもたちはサッカーのやりすぎだ」とよく言う。それは次のような考えを持っているからだ。
効果的な練習を行うためには整ったコンディションが必須条件だ。ただ整ったコンディションとは、どんな状態を指すのだろうか? 何が整っていればいいのだろうか? 彼はコンディションを以下4つに分類して考えるようにしている。
1.フィジカル的コンディション
2.メンタル的コンディション
3.思考的コンディション
4.人間関係的コンディション
フィジカル的コンディションはイメージがつきやすいだろう。育成年代の子どもたちを見る上で「健全な体の成長に目を向ける」のは非常に大切なことだ。負荷がかかると筋肉が傷つく。休みを取ると復元され、強化されていく。だから、休息の時間をしっかり取れるスケジュールがまず求められる。そうしたサイクルができあがった上で大事にしてほしいのが食事だ。
昨年、高松で開催したサッカーイベントでは大塚製薬の協賛があり、選手や指導者、保護者に「食育」に関する講義をしていただけた。体を回復させるのに必要な成分はタンパク質。それも練習後30分以内の摂取が望ましく、この時間内に必要な分のタンパク質を補強すると、体は理想的な補修工事を行える。そういう指導をしていただいた。
次にメンタル的コンディションだが、選手のモチベーションと直結して考えるとわかりやすいだろう。子どもがトレーニングを楽しみにグラウンドに行けているだろうか。トレーニング後に「早く次の練習日が来ないかな」との思いで帰路につけているか。外的要因で『やらされている』メンタル状態ではプレーの質は上がらない。
そして、頭を使うと疲れるのは道理だ。疲れた頭では物事を考えたくても考えられない。頭が働かないと、やるべきプレーへの反応が遅れてしまう。日常生活での疲れが残っていると、プレーのパフォーマンスにも影響を及ぼすのは想像に難くないはずだ。
さらに、人間関係は育成年代では重要視されるポイントだ。どれだけフィジカルコンディションが良くても、メンタル状態が整っていても、頭がすっきりしていても、友達と喧嘩をしたり、お母さんに怒られたり、監督との関係がぎくしゃくしていてはそれらが心理的に影響を及ぼして思い通りのプレーをすることはできない。
これらすべてが完璧に整っている状態はそうそうない。
常に「すべてに気を配れ」というのはやりすぎかもしれない。ただ選手の調子が悪いときに、どんな原因があるのかを考えるポイントとして、こうした多角的な視点を持つことはとても重要であるはずだ。体のケア、メンタルのケア、頭のケア、人間関係のケア。この4つを大事にするためにも、中野は長期的な休みが定期的にあることは選手にとって、また指導者にとって大きな意味があると思っている。
そして、中野はこんなことを教えてくれた。A級以上のライセンス取得者が参加できる、ドイツサッカー連盟とドイツプロコーチ協会が共催する国際コーチカンファレンスでボーフム大学の心理学者ミヒャエル・ケルマン教授が語ってくれた講習内容である。
「ストレスと休息のバランスに気をつけなければならない。選手に高い要求を課すこと自体は悪いことではない。ただし、心身の疲労を回復できる休息プロセスが準備されている限りにおいて、だ。ストレスや負荷が増えれば増えるほど、回復するための時間を要する。 しかし、トレーニングに関わる時間が増えれば増えるほど、休息に取れる時間は少なくなってきてしまう。すると、ストレスコントロールの機能が働かなくなり、心身のバランスがどんどん崩れていく。最終的にはこれがバーンアウト(燃え尽き症候群)へと結びついてしまうのだ」
加えて、ストレスキャパシティ、ストレス耐性、ストレスからの回復能力には個人差があると注意も促していたそうだ。 さらに、ケルマン教授はこう主張していたという。
「夏休みをとることは必須だ。そして、可能ならば冬にも1〜2週間の休みを推奨したい。それがシーズンに向けての大事な準備になる。日常生活の中では知らずとストレスが積み重なっている。だからこそストレスと向き合える環境が大切で、心身のコンディションコントロールに気を配るべきだ」
常に頑張り続ける。常に緊張感を持ち続ける。そうではなく、「ケアする時期はケアすることに時間をとる方が、長い目で見たときにはプラスに作用することがとても多い」という。これは選手にとってだけでなく、指導者や保護者にとっても同じことだ。
よく日本では、夏休みは時間が十分に取れるからスポーツでも勉強でも特別合宿を組まれることが多い。そこでは、子どもたちを指導する大人たちが「夏休みがチャンス」とばかりに仮想ライバルを作り、煽り立ててゲキを飛ばす。
「あいつはやり遂げたんだぞ! だからお前もがんばれ」
「俺が子どもの頃にはできたぞ! だからお前らもできる」
成長を促す刺激のため、そういう発破をかけるのはわかる。しかし、みんなに当てはまるわけではないのも一方で理解しておかなければならない。そして、日本の小中高生のサッカーを取材していて毎年8月終盤になると思うことがある。
それは選手たちの心身がものすごく疲弊していることだ。
確かに夏の暑い時期のトレーニングや試合の疲れが蓄積していることもある。しかし個々人に目を向けると、その心身の疲弊の仕方も異なっている。いつもピッチに立つ先発メンバーは心身が疲労しているが、なんだか「サッカーはお腹いっぱい」という表情をちらつかせる。一方、控えメンバーたちは練習による体の疲れもあるようだが、試合への飢えで目はギラついている。そんな対照的な選手たちの姿を見ていると、「サッカー指導者たちは選手全員に目を向けて、本当に個々を伸ばしたいのか」と疑問に思うことは毎年一度や二度ではない。
夏の炎天下のなか、世界的にも「トレーニング時間は90分間が妥当だ」と言われて久しいのに、それでも90分以上のトレーニングを続けて頭が朦朧としながらプレーし、さらにメンタル的に追い込まれた言葉をかけられる。いまだに日本の悪しき伝統である根性論を心のどこかで完全に否定できない多くの指導者たちが、育成年代の選手たちを「夏が勝負だ」と追い詰めることも学校卒業後に引退していく者が後を絶たない理由ではないだろうか。
そして、「サッカーにおける暑さ対策マニュアル」には、熱中症予防運動指針として「湿球黒球温度が31℃を超えると運動は原則禁止」と記載されている。ご自身の子どもがサッカーで外出するとき、一度お父さんお母さんご自身の目で次の表を確かめてほしい。そうすれば、「たまには休んだら?」「今日は少し早く眠ろうか?」などと優しい声をかけられるかもしれない。
また、指導者は練習時間、休憩や水分補給のタイミングなどに気を配れるかもしれない。それが発達時期の子どもたちのパフォーマンスアップにとっては必要不可欠なことなのだ。
文・木之下潤(WEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」管理人)
WEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」