トレーニングは技術を磨く場ではない。 「技術をどう扱うか」を学ぶ場である!【特別寄稿】 WEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」

トレーニングは11対11のサッカーを知る場所

ドイツサッカー連盟公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)を持ち、15年以上現地の町クラブで指導を行う「中野吉之伴」。帰国時には、全国で指導者講習会やサッカークリニック、トークイベントを開催し、各地を回る。その中で日本の育成が抱える問題や課題にも目を向け続けています。この企画は、大手新聞社の海外通信員としても活動する中野が主筆するWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」が月一で寄稿する育成コラムです。

小学校、中学校、高校の練習を見ていると、こんな声が聞こえてくる。

「もっとサッカーの本質を考えろ!」
「サッカーの原理原則って何だ?」

とても抽象的な言葉だ。しかし、そう言われた選手たちは自信がなさそうな表情を浮かべている。それを見た監督やコーチは「そんなこともわからないのか」といった顔つきで一方的な説明を始める。そんな様子を外から見届けているが、私にはその説明に選手たちが納得しているようには映らない。数人は理解している。だが、半分以上はわかったふりをしている。

「そもそもサッカーの本質、原理原則って何なのか?」

逆に、監督やコーチに問いたい。よく試合に負けたりすると、「まずは1対1の勝負に勝つことだ」と技術レベルの向上を訴えるが、それは個人が解決することだ。サッカーの解決にはなっていないし、「そもそもサッカーは11対11で行うものではないのか」と矛盾に感じることが多い。

実は、当WEBマガジンで2月に「トレーニング理論」に関する記事を取り扱った。その中で、中野吉之伴氏と池上正氏がおもしろい議論を交わしているので紹介してみたい。

池上「アメリカのバスケットボール界では、もう規則通りにトレーニングを積み重ねないことが常識になってきています。例えば、一つの戦術テーマで1から10までの段階があるとします。1の練習をしたら次は2、2の練習をしたら次は3と順序立ててばかりやっていると、1から2、2から3のつながりはわかっても、1から3、あるいは2から7という飛び越えたつながりがわからなくなってしまうからです。

試合ってどうですか?

全部が順序立てて事象が起こるわけではないですよね。バラバラなようで、でもつなぎ合わさるようになっているし、試合ではそれに対応できないといけない。だったら、練習からそうすべきですよね。サッカーでいえば、基本的なボールコントロールの練習をしたあと、すぐに3対2のトレーニングを取り入れ、最後にミニゲームに入るというような流れになるわけです」

中野「でも、それは1から10までの段階があると、全体像がわかっているからこそ、ランダムの積み重ねに意味を持たせることができるわけですよね。それがないまま、ただ順番をめちゃくちゃにしただけでは、順序立てて積み重ねる以上にマイナス要素も出てきてしまいます。全体図のイメージがある中で、様々な角度からトライさせることで、一つずつをやり続ける以上の効果をもたらすことができる、と思います」

池上「その通りです。日本の指導者は一つ一つのトレーニングにこだわることはできますが、つながりをもたらすことが苦手なのかもしれません。例えば、私はバスケットボールの練習を指導したこともあるのですが、そのときに『二人一組で手をつないで、二人一緒にドリブルしましょう』という練習をさせたことがあります。すると、経験者のはずの彼らは全くうまくできない。スピードが全然上がらない。私は笑いながら『どうしたんですか。皆さん、ずっとバスケットの練習をされてきたのでしょう?』と聞くと、『なんだかうまくいきません』、『思っているように動けません』という答えが返ってきました」

中野「似たような話を聞いたことがあります。ブラジル人の選手に手をつないで二人一組のドリブルをしてもらいと、二人分の間合いをいっぱいに使って見事なドリブルをするそうです。これを『二人一組ドリブル対守備』にしてみたところ、左の選手は左足、右の選手は右足を使ってパス交換したりするなど、守備と様々な駆け引きをして相手はボールを奪いに行くことができなかったそうです。

つまり、彼らには味方との関係を最大限に生かして相手と駆け引きするアイディアが頭の中にあるし、いつでも実行できるんです。結局一つ一つの技術があっても、全体像としてイメージ共有ができないと、ピッチ上でのプレーはうまくいかない」

池上「二人組の関係性は日本ではあまりない。ワンツーパスがあるかないか。これは日本サッカーとトップレベルの国との大きな差ではないかと思うのです。日本サッカーはパスを出した選手が、次のパスの受け手にならないことが多い」

中野「ドイツサッカー連盟は『個人戦術』『グループ戦術』『チーム戦術』という戦術カテゴリー分けをアップグレイドしました。それは『個人』と『グループ』の間に『パートナー戦術』があるという見方です。これは二人の関係性がグループの中でも非常に重要で、その先の大きな基盤となるからでしょう」

池上「でも、日本では選手たちがそれぞれのプレーをしているだけで、グループワークにならないことばかりです。他の選手の意図を感じ取って、あるいは自分の意図を感じ取ってもらうための動きやコミュニケーションが乏しい。サッカーとはチームスポーツであり、それは仲間や相手との関係性の上で成り立つものです」

日本は技術というサッカーの一つの要素でしかないものを必要以上に細かく区切って練習し、また一つの戦術だけにしか過ぎない要素だけにとらわれたトレーニングをしている。ただ自分たちでサッカーを複雑にバラしたのに、結果的に11対11のサッカーに戻せない状態になっている。

小中高という育成年代の監督やコーチに求められる最低限の指導は「どんな子でもわかる透明性の高い問いかけ」と「1+1を2以上にすることのできる練習」ではないのだろうか。

育成のスペシャリストである二人が交わした議論にあった通り、サッカーの試合では順序立てた展開になる場合もあるし、ならない場合もある。どんな展開になってもその状況に応じて状況を打開すること、その状況をチームのために優位に持っていくことが大切なのだ。そうするために自分と味方と敵との関係の中からいい解決法を見つけ出してプレーとして実行できるスキルを身につけさせることが、指導者の務めである。決して技術を磨かせることではない。技術を磨くのは選手が解決する課題だ。

あなたが課したトレーニング、例えば「パス回し」は何が目的なのか? 試合のどんな状況が想定され、どんな技術と戦術的な視野が必要だから考案したものか? 今一度、トレーニング理論の在り方から見つめ直してもらいたい。

今後この特別寄稿では、日本の育成が抱える問題点や課題について様々な視点で記事を提供していきたい。育成大国ドイツの指導者の意見にもヒントになるものがあると思うので耳を傾けてもらえたらと思う。

文・木之下潤(WEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」管理人)
WEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」