データが証明!街クラブの育成現場で起きた選手の変化を探る【寄稿コラム】

埼玉で街クラブのサポートも行っている、瀬川泰祐さんに育成年代でのデータ活用をテーマにしたコラムを寄稿頂きました。

写真:瀬川泰祐

埼玉県で活動する街クラブの運営をサポートしている私が、中学3年生のトレーニングマッチの現場に顔を出す機会があった。選手のパフォーマンスデータの計測をするためだ。

ファルカオフットボールクラブでは、昨年よりGPSウェアラブルデバイスを導入し、選手たちの走行距離やスプリント回数、心拍数などを計測している。このGPSデバイスは、サッカー元日本代表の本田圭佑選手が発案したサービスで、Jリーグなどのトップカテゴリーでも導入されているほか、今年の全国高校サッカー選手権大会でも出場校48チーム中、15チームで導入されるなど、いまユースカテゴリーでも注目されているサービスだ。

身体的な成長の差が埋まる高校年代で勝負を

ファルカオフットボールクラブは、埼玉県久喜市を中心に活動するサッカークラブだ。2016年に設立され、今では120人ほどの会員を抱える組織に成長した。しかし、少子化が進む地域でのクラブ経営は、決してラクなものではない。それでもこのような計測デバイスを導入したのは、選手たちの成長を第一に考えたからだ。

ジュニアやジュニアユース年代の指導には、「選手の育成」と「試合に勝つ」という2つの大きな目的があり、これらはトレードオフの関係だと考えられている。“選手の育成を目的にすると、試合で勝利を逃すことがある”という具合に、二律背反の関係を持つ2つの目的に、頭を悩ませている指導者も多いことだろう。例えば、身体能力に劣った選手がピッチに入った結果、試合に負けてしまった場面を見たことがある人も多いのではないか。すると周りの大人から「なんであの時、○○くんを交代してしまったの?」などと批判めいた言葉が聞こえてくることもある。目の前で頑張っている我が子やその仲間たちに、勝利を味わってもらいたいという親心は理解できるが、指導者の交代意図を保護者に理解してもらうのが難しいのは、今も昔も変わらないようだ。

前置きが長くなったが、ファルカオフットボールクラブでは、主役は選手たちにあると考えており、目の前の勝利だけを追求することはなく、「目の前の勝利」よりも「選手の育成」に重きを置いて指導にあたっている。もちろんサッカーというスポーツである以上、選手たちが目の前の勝利を追求することから逃げてはいけないが、指導者や周囲の大人が勝利を追求し出すと、身体的な成長が早い選手だけを優先した選手起用になってしまうことがある。これでは成長が遅い選手たちの才能は埋もれ、身体能力に優れた選手たちは、身体能力に頼ったプレーに偏ってしまうだろう。身体的な差が埋まるユース年代で成長が止まってしまうどころか、それまでの自信やプライドは引き裂かれ、非行に走ってしまったり、引きこもったりしてしまうケースもある。このような不幸を無くすためにも、選手たちがその年代で身につけておくべき技術や判断力を養い、身体的な成長の差が埋まるユース年代で、それまで蓄えた力を存分に発揮してもらうことを目的として選手たちを育成をしているのだ。

写真:瀬川泰祐

体が小さくて足も遅い、やる気も感じられない。そんな選手の小さな変化

そんなファルカオフットボールクラブの育成ポリシーが正しかったことに気づかせてくれた選手がいる。

ファルカオフットボールクラブに所属するサトシ(仮称)はプロレス好きの中学3年生。身長は小さく、少しだけポッチャリとしていて、時折優しそうな笑顔を見せるどこにでもいそうな中学生だ。

私が練習試合の会場で、試合をする選手たちと、ipad上でリアルタイムに変わる計測データを交互に眺めていたとき、ふと過去の記憶が蘇った。トップ下でプレーするサトシを見て、「あのときの子だ!」とピンときたのだ。「あのとき」とは、4年ほど前のこと。サトシが小学5年生のころだ。4種リーグが行われる試合会場で、6年生に混じりながら、小さな身体でブカブカのユニフォームを着て、ピッチに立っていた子がいた。彼こそがサトシだった。サトシは試合に出場していたが、彼のいるところが穴となり、チームはたちまちピンチに陥っていた。体は小さく、足も遅い。どこか飄々とした表情からは、「やる気」や「一生懸命さ」を感じることもなかった。

「サトシの親からは、“やる気もないみたいだから、もうやめさせたい”って、相談を受けたこともありました。」

ファルカオフットボールクラブの監督を務める大久保翼は、小学生時代のサトシのことを懐かしむように会話の口火をきると、嬉しそうに話を続けた。

「でも、もう少しだけ待ってほしいとお父さんにお願いして、我慢してもらったんです。何度かそんなやりとりをしました」。

ピッチで走っている中学3年生になったサトシに目を移す。足はお世辞にも速いとは言えない。表情も飄々としていて、一生懸命にプレーしているようには見えない。ボールを奪いに行くが、あと1〜2歩のところで、相手選手によりボールはサトシから遠いところに転がっていった。

「あと1歩なんだよなぁ」。

私がそう呟くと、大久保は私の耳元でこう話した。

「ある時に、気づいたんですよ。“サトシ、さっきあそこにいたのに、もうここにいるじゃん”って。そう感じる場面がだんだん増えていったんです。“サトシ、めっちゃ走ってるじゃん”って。一人では局面を打開することはできないんですけど、周りの選手をめっちゃ助けていることに気づきました」。

もう一度、ピッチ上のサトシに目をやる。サトシが奪いきれなかったボールは、次の瞬間、違う選手が奪っていた。

「そのことを証明してくれたのがデータでした」。

データが示した小さな司令塔の貢献度

GPSデバイスで取得したデータが示すサトシの数字は、とても興味深いものだった。心拍数は常に190近くに達している。足が遅いせいか、時速24km以上で走るスプリント数はほとんどない。だが、走行距離はチーム2位の約9km。70分の試合で9kmという数字は、90分で行われるJリーグの試合に換算しても、トップクラスの選手に匹敵する値だ。しかも、時速24kmには満たないような中強度の走行距離はチームでも群を抜いていた。つまり、サトシは、足が遅くても自分の持つ能力をフルに使って、誰よりもスプリントしていたのだ。

さらにデータが示したのは、彼の「根性」だった。このGPSデバイスには根性を数値化する独自の項目がある。心拍数が高い状態で、いかにチームのために走ったかを、独自のロジックでポイントとして加算して数値化したものだ。この値がチームでも群を抜いて高かったのがサトシだったのだ。

わたしは以前にGPSデバイスを提供する会社のオンライン勉強会に参加した時に、本田圭佑選手が飛び入り参加し、次のような発言をしていたことを思い出した。

「サッカーはチームスポーツだから、どれだけチームのために走ったかとか、仲間を助けられたかとか、こういう評価軸って、めっちゃ大事やと思うんです。それを数値化したのが、根性という値なんです」。

写真:瀬川泰祐

選手の成長が大人に示してくれたもの

この日、ファルカオフットボールクラブは35分ハーフのトレーニングマッチを3試合おこなった。大久保は、各学年の選手を混ぜながら、目先の勝利にこだわらずに選手を入れ替えて行く。ハーフタイムになると「勝負にこだわっていこう!」と選手にハッパをかけながら。

1試合にフル出場し見せ場なく終わったサトシに、小学生の頃と今では、何が変わったのかを質問してみた。するとサトシは、照れ臭そうに、こう答えた。

「中1の途中くらいから、いいプレーができるようになって、お父さんが褒めてくれるようになった」。

なるほど、そういえば、少し前にサトシのお父さんと話ししたとき、お父さんはこう言っていた。

「小学生の頃は、“何で走らないんだ”って、いつも怒っていました。そんな私が言うのもおかしいですが、保護者も我慢が必要ですよね」。

3試合目になり、再びサトシがスタメンで起用された。相変わらず、ドリブルをしても一人では解決できない。だが、次の瞬間、サトシの決定的なパスから得点が生まれた。

チームに主力メンバーが加わり、相手のプレッシャーが分散した。プレッシャーが少し緩んだ中盤でサトシはスムーズに体の向きを作ってボールを止めた。その次の瞬間、彼の左足から繰り出されたパスは、前線に走る選手の足元にピタリとおさまった。彼の心拍数は相変わらず190近くを示していた。私はサトシのこのプレーに、ファルカオフットボールクラブの選手育成が間違っていないことを確信した。

サッカーの醍醐味は、ピッチ上で得た情報から、プレーを選択するということにある。その選択に必要な判断力を養い、技術を磨く。確かにそうだ。しかし、私が最も重要だと感じたのは、誰一人取りこぼさない選手育成のあり方だ。サトシの例のように、選手一人一人の成長に、客観的な数字で気づきを与えてくれるのがこのGPSデバイスの導入の意義なのではないか。

大久保は言った。

「おそらく、他のチームではサトシみたいな選手は試合に出られなかったと思うんです。でも、才能はどこで開花するか、わかりませんよ」

もう一度サトシのプレーに目を向けた。サトシが飄々と走っている。表情にこそ現れないが、どこか楽しんでいるようにすら見えてきた。どこにでもいそうな中学生のプレーは、本田圭佑と似た香りがした。

 

瀬川 泰祐/スポーツライター・編集者・プランナー
北海道出身の編集者・ライター。HEROs公式スポーツライター、アスリートライブ編集長、ファルカオFCアドバイザー。スポーツオンラインサロン主宰。スポーツ分野を中心に、東洋経済オンライン、ITMediaビジネスオンライン、OCEANS、noteなどのメディアで執筆中。またエンタメ業界やWEB業界で数多のシステムプロジェクトに参画しサービスをローンチ。その経験を活かし、スポーツクラブのコンサルティング、クラウドファンディングを活用したアスリートの活動支援、オフィシャルホームページ制作支援も行う。「スポーツで繋がる縁を大切に」しながら、「Beyond Sports」をテーマに取材活動を続けている。公式サイト(http://segawa.kataru.jp